ブックタイトルなぜ芭蕉は至高の俳人なのか

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概要

なぜ芭蕉は至高の俳人なのか

二 戦国以後――松永貞徳と貞門俳諧 | 30まそこに詩的雰囲気が生まれるのだが、俳言を使って句を作るということになると機き知ちが必要になり、どうしても言葉遊び的な要素が生じてくるのである。 貞徳の句は、こうした条件下のために、縁えん語ご、掛かけ詞ことばを使用した機知的な言語遊戯的傾向が強いが、ほのぼのとしたユーモアがある。しをるるは何かあんずの花の色   貞徳 これは「あんず」に、「杏あんず」と「案ず」とを掛けてある。杏の花が萎しおれているのだが、それを、何か案じているのだろうか、そういう花の色だと言っているのである。花よりも団子やありて帰る雁かり   貞徳 これは「花より団子」という俗言を取り入れている。雁は日本で冬を過ごすが、日本が桜の咲く良い季節になった頃に北へ帰って行く。花を見捨てて帰って行くのだから、あちらには花よりも良いものがあるのだろうか、団子があるのだろうかというのである。雪月花一度に見する卯うつ木ぎかな   貞徳 これは機知的な遊びを持った句だ。雪と月と花とは日本の美の代表である。しかし、雪は冬、月は秋、花は春であるから、これらを一度に見ることはできない。この三つが同時に存在する光景に接することができたらどんなに素晴らしいだろうという願望が誰にもあろう。その願望を叶えるという形で作られた句で、卯うつ木ぎはその雪月花を一度に見せてくれるというのである。一瞬オヤと思わせるクイズ的な句だ。卯木は花を咲かせる、だから花