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概要

営業の悪魔

1章 うまくいかなければ使い捨て19旭川は話を続ける。「我々の稼業は売ってなんぼの営業代行だ。十五年前、社長以下三名で発足したこのMUGENグループは、社員三千名を超えてもなお営業会社としては売り出し中なんだ。いまはもっと攻めていかなければならん時期だ。いくら南原がクレーム対応で貢献してくれても、新規開拓で売上を作れないと意味がないんだよ。わかるか?」航介は黙ってうつむいた。傷いたんでくたくたになった旭川の靴が目に入った。旭川が東京の新しん 宿じゅくにある本社から、大阪支社に転勤してきたのは昨年の春だ。長女が私立の難関中学に入学したから家族は東京に置いてきた、と旭川は着任の挨拶で言った。「二重生活は大変ですね」と拓也が社交辞令よろしく声をかけたとき、「本社の会議のついでに自宅に帰れば帰省旅費が浮くんだ。マネージャーの特権さ」と言っていたっけ。それなら浮いた金で、靴くらい買えばいいのに。たしかに、他人のそんなつまらないやり取りまで自分は覚えている。でもそれが何になるのだ。記憶力のよさと営業成績は何の関係もない。航介は自己嫌悪に駆られ、うなだれた。厳しかった就活の記憶がよみがえる。転職先が容易に見つかるとは思えなかった。ロードバイクの支払いは当分続くし、ひとり暮らしの生活は何かと物入りだ。航介は、先の見えない恐怖が足元からじわりとせりあがってくるのを感じた。「移動はこれを使え。本社がある新宿まで乗っていける」旭川は、新幹線の切符を一枚、航介に手渡した。