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概要

営業の悪魔

22そがMUGENグループを総売上高四百億円の企業に押し上げた立役者だ、と耳ざとい拓也から聞かされた。もしそれを知らなければ、年齢はどう見ても三十代前半、切れ長の目をした優やさ男おとこにしか見えなかった。MUGENグループの実質ナンバーツーが、クビになりかけているぼくに直々の話って一体何なのだ。航介は回れ右をして逃げたくなった。しかしドアはもう目の前にある。まず二回深呼吸をする。動どう悸きは鎮しずまらない。ノックする。低い声で応答があった。航介は覚悟を決めた。「失礼します」ドアノブを引っ張ると、正面の奥に座っている男が顔を上げた。本物の滝沢望営業本部長だ。航介は生なま唾つばを飲み込んだ。「南原航介くんか。ご苦労さん。そこへ掛けなさい」航介は返事をして一歩踏み出す。右手と右足が、同時に出る。あわわ、と言いかけては言葉を飲みこんで、部屋の中央に置かれたソファーに静かに座った。「君が電車に乗ってしまう前に、杉課長の連絡が間に合ったようだね」滝沢のバリトンボイスが、閉ざされた部屋の空気を震わせる。たとえて言えば、ケンシロウの声だ。往年の人気アニメの主人公、相手の秘孔を突けば一撃必殺の北ほく斗と神しん拳けんの使い手だ。もちろん、「お前はもう死んでいる」と言うときの声で、「あーたたたたたた」のほうではない。ばかなことでも考えていないと、緊張で倒れそうだ。航介はひっそりと吐息をもらす。