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概要

営業の悪魔

1章 うまくいかなければ使い捨て23滝沢はノートパソコンのカバーを閉じると、ゆったりとした動作で歩いてきて、航介の正面に座った。ムスク系の香りがかすかに漂った。薄いグレー地のチョークストライプのスーツに、紫のレジメンタルタイ。ポケットチーフは白である。襟えりに装着されている社章は、航介が着けている鈍にび色いろではなく、艶つやのあるゴールドだ。滝沢が口を開いた。「君は営業成績には難があるが、記憶力がいい社員であると人に聞いた。それは事実か?」航介は、唐突に訊かれた質問の真意をはかりかねて、返事を迷った。「どうなんだ」滝沢はせかすように訊ねた。「記憶する対象によっては自信があります」「わかるように言ってくれ」「はい、人がどんな状況のときに何をしゃべったのか、ということなら覚えがいいんです。でも他のことは……なんて言いますか……、昔から、アニメのセリフを完かん璧ぺきに覚えていても、暗記科目は苦手な子どもでしたし……」航介の手のひらが汗でじっとりとしてきた。要いらぬことまで答えたかもしれない。「人の言動についてのみ、覚えが良いのはなぜだ。理由は?」滝沢がさらに突っ込む。航介は答えに詰まった。あらためて「なぜ」と人に訊ねられたのは