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概要

営業の悪魔

32「記憶力が多少ましな程度で務まるほど簡単な仕事じゃないんだよ。でも優秀な人間を使うと、そいつの稼働が止まっちまうだろ。つまりお前さんを積極的に選んだわけじゃなくて、この際誰でもいいかっていうのに近いんだろうな。だからといって、何もこんなど低迷社員を選ばなくてもいいのに……」航介は返す言葉が思いつかず、その場に立ちすくんだ。「せいぜい本部長や俺の足を引っ張らないでくれよな」杉は言い捨てると、エレベーターホールへ歩いていった。胸がむかむかした。しかし、航介が課長相手に文句を言えるわけはない。航介は、杉とは別のエレベーターで一階に下りて外へ出た。気持ちが萎なえかけている。人を見下す杉のような人間に、自分の人事権の一端を握られていることが、不快だ。航介は上着のポケットに手を突っ込んだ。携帯を取り出しかけてはまた収め、ポケットの中でもてあそびながら、新宿駅までの道のりを歩き続けた。駅ビルに到着した。構内に入りかけて足を止めた。人にぶつかられないように建物の隅に身を寄せてから携帯を抜き取った。しばらくためらった後、滝沢の番号を探して発信ボタンを押す。3コールでつながった。「うん?航介か。どうした」バリトンボイスの主は、まるで愛まな 娘むすめにでもささやくような優しい口調だった。