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概要

日米開戦の正体

67 第一章 真珠湾攻撃を始めたかったのは、誰なのか?しいから」と記しました。私は、重光葵と加瀬俊一の評価は公正に欠けると思います。若槻は「こうした状態で戦争することは実に憂慮に堪えません」と言っています。米内は「ドカ貧にならないように」と言っています。米内は昭和二十年十一月十七日、米国戦略爆撃調査団に対して「私は堅く信じていますが、仮に当時、私が首相だったとしたら、われわれはこの戦争をはじめなかったでしょう」と証言しています(『開戦の原因』)。広田は、「外交談判の危機は二度三度繰り返して初めて双方の真意が判るものと思う。今回危機に直面して直に戦争に突入するは如何なりものなりや」と言っています。近衛は「外交交渉決裂するも直ちに戦争に訴ふるを要するや、この儘の状態、即ち臥薪嘗胆の状態にて推移する中又打開の途を見出すにあらざるかとも思われ」と言っています。私は直前の論議で、むしろ、外務省サイドから公式の場でほとんど反対の声が出てこなかったことこそ責められるべきであると思っています。逆に重臣たちが、すでに政府が戦争を決めて、風向きが決まっている中、堂々と異論を述べているのは驚きですらあります。しかし、元首相といっても何の権限も持っていません。重臣会議というものは国家の意思決定には何の権限も持っていません。東條元首相は東京裁判で「この集まりは単に懇談的なもの、単に首相たる前歴を有する者ということで召されたのであって一般国民との間に特殊な差はなし」と問題にしていません。この