ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

日米開戦の正体

83 第一章 真珠湾攻撃を始めたかったのは、誰なのか?えば、高松宮などが想定されます。・近衛内閣崩壊の後、天皇が開戦派の東條以外の人物を指名していたら、違った展開になっていたでしょう。可能性のある人物の一人は宇う垣がき一かず成しげです。宇垣一成は陸相を経験し、陸軍の大物でした。同時に軍部ファシズムの流れには批判的見解も持っています。また中国や英米などの外国にも穏健な姿勢を取るときがありました。近衛内閣が崩壊したときには、若槻禮次郎、岡田啓介、清きよ浦うら奎けい吾ごが宇垣を推薦しています。ただし、天皇との関係は良好でなかったようです。一番実現性のあったのは東久邇宮です。天皇が支持すれば実現しました。東久邇宮であれば、間違いなく一定期間は開戦を避けていました。・海軍には米国との開戦に批判的な人が多くいました。開戦直前の十月三十日には海軍次官が大臣に開戦反対を述べているような状況だったのです。しかし、海軍もまた、いつの間にか主戦派が重要な地位を占めました。参謀総長を務めた杉すぎ山やま元げんは、国策に関わる会議の模様を書き残しています。いわゆる「杉山メモ」です。その中に一九四一年十一月一日の「国策遂行要領」を再検討する会議(第六十六回連絡会議)が記されています。