75万部突破! 日本人の凛とした覚悟を描く感動の時代小説 葉室 麟/著 第146回直木賞受賞作 蜩ノ記(ひぐらしのき) 待望の映画化! 第38回山路ふみ子映画賞受賞  大ヒット上映中

「蜩ノ記」という小説は本来、わかり難い作品だと思います。秋谷がなぜ、死へ向かって淡々と生きるのか。自分自身に引き比べて、納得できるひとが少なくても不思議ではありません。
ただ、書き手であるわたしは60を過ぎて生きている日々に秋谷が見た風景が重なり合っていくような気がしています。
わたしは50歳を過ぎて、歴史時代小説を書き始め、60歳で直木賞をいただきました。
そのおり、心に浮かんだのは、ある作品の中で使った諺の「柚子は九年で花が咲く」でした。「桃栗三年柿八年」と言いますが、すべて実がなるという諺です。
なぜか、柚子だけが「花を咲かせる」となっています。人生の後半で何事かをなしとげたいと思った人間にとっては、「花」という言葉が若いときよりも心に染みます。
「蜩ノ記」は人生の残り時間を限られた人間の物語です。作者自身、人生の時間を砂時計の砂が落ちるように見つめています。
その「蜩ノ記」で直木賞という花を咲かせることができたと思ったら、まだ、花はありました。
小泉監督始めスタッフは黒澤組の伝統を引き継ぎ、いわば日本映画のスピリッツを伝える精鋭の方々だと思います。
大学生のころ、映画研究部だったわたしにとって、黒澤組の手により、自分の作品が映画になるのは、夢のような体験でした。
大袈裟ではなく、「生きていてよかった」と思いました。遠野のロケ地を訪れ、主演の役所広司さん、岡田准一さん、堀北真希さん、原田美枝子さんら輝くような俳優がそろっての撮影風景を見学したときは、自分がこの場にいるということが信じられない思いでした。
映画の中で戸田秋谷の家の庭に柚子が植えられています。
「蜩ノ記」には柚子のことは書いていません。わたしがエッセイなどで書いた人生への感慨を小泉監督が汲み取ってくださったのでしょう。試写を見て、そのことを知ったとき、目が涙でかすんだように思います。
わたしにとって映画「蜩ノ記」は最高の贈り物でした。多くの観客の方にこの映画の感動を味わっていただきたい。
そして、なにより、この映画はわたしが九年待った柚子の花であることをお伝えしたいと思います。どうやら、「人生の花」はゆっくりと開くようです。

 

葉室 麟