ブックタイトル帝国海軍と艦内神社――神々にまもられた日本の海

ページ
32/40

このページは 帝国海軍と艦内神社――神々にまもられた日本の海 の電子ブックに掲載されている32ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

帝国海軍と艦内神社――神々にまもられた日本の海

30今に残されている。戦争の際には大自然との闘いに加えて、当然敵との戦いが待っている。『古事記』『日本書紀』には、神じん功ぐう皇后(第十四代仲ちゆう 哀あい天皇の皇后)が朝鮮半島に進攻した「三韓征伐」について記載されている。征伐に出発する神功皇后が船出をしたとされる場所の伝承が各地に残っているほか、帰途神功皇后が対つ し馬まの清し みず水山やまに行ぎよう 啓けいして天てん神じん地ち祇ぎ(天と地の神々)を祀ったのが厳いづ原はら八はち幡まん宮ぐう神社だったといわれる。そして神功皇后が七しち道どうの浜(現・大阪府堺市堺区)に帰還したときに神託によって住すみ吉よし三神を祀ったとされるのが、住吉大社(大阪市住吉区)である。住吉三神は航海の神として今も信仰され、また神功皇后自身が全国の八幡神社に武神として祀られている。また新しら羅ぎ神社(兵庫県姫路市)は神功皇后が凱がい旋せんした際に、征討した国である新羅の名をとったとされるが、これも八幡神を祀っている。我が国建国以来初の対外戦争を勝利に導いた人物が、今も航海安全の神様として崇敬されているのである。