ブックタイトル日米開戦の正体
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日米開戦の正体
57 第一章 真珠湾攻撃を始めたかったのは、誰なのか?ように注意してもらいたい」と進言しています(『一皇族の戦争日記』)。この図式については、後にもっと説明したいと思います。米国は石油の全面禁輸を行ない、これで日米開戦に消極的だった海軍も開戦に踏み切ります。このとき、日本軍が真珠湾攻撃を避けていれば、逆に米国は窮地に追い込まれていましたチャーチル英国首相が「十七カ月の孤独の戦闘と恐るべき緊張(略)の後に、〔真珠湾攻撃によって〕我々は勝ったのだ」と述べたように、英国は真珠湾攻撃を歓迎しました。ルーズベルト米国大統領も歓迎しました。またスチムソン陸軍長官が十一月二十五日の日記に「第一撃を射させるような立場に日本を追い込むこと、これがなかなか難しい」と書いていました。ここで、スチムソンは「第一撃を射させる」と言っています。それは米国への第一撃です。そのことはもし、日本が米国でなくて、他国を攻撃していたらどうなっていたでしょう。米国は行動を取りにくいのです。戦争開始時、国務次官補だったディーン・アチソン(後、一九四九年に国務長官)は『アチソン回顧録』(吉沢清次郎訳、恒文社)で次のように記述しています、「アメリカ国民と政府とが忍び得ず、また許そうとしなかった一つの方向は、アメリカ領土とアメリカ艦隊に対する攻撃であった。その結果が戦争であることは必然であった。(略)合衆国国