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概要

日米開戦の正体

72海軍省が内閣に従属し軍政・人事を担当するのに対し、軍令部は天皇に直属し、その統帥を輔翼する立場から、海軍全体の作戦・指揮を統括するので、軍令部は極めて重要な役割を占めています。軍令部総長の権限ついて、及川元海相は次のように説明しています。「〔米国または英国などに対する〕作戦計画の作成は軍令部総長に属するからです。(略)〔戦う際の作戦を考えるのが〕海軍軍令部です。ひとたび戦争計画が作成されるや、必要な装備と人員を整えることが海軍大臣の任務です」(『開戦の原因』)。山やま本もと五い十そ六ろく連合艦隊司令長官の評価を見てみたいと思います第二次大戦は陸軍が主導しました。しかしアメリカとの戦いは海軍が中心です。重要な戦いは真珠湾攻撃やミッドウェー海戦ですが、その中心になったのは山本五十六です。米内元首相・元海相は「この戦争は海軍の戦争だったと信じます」と述べています。従って、第二次大戦を評価する際には山本五十六の評価が必ず必要になります。彼を評価する人は、彼が三国同盟に反対した点などを挙げます。野村吉三郎(海軍出身、一九三九年九月二十五日から一九四〇年一月十六日まで◎山本五十六(やまもといそろく/一八八四‐一九四三)海軍軍人。日露戦争に従軍し、日本海海戦に参加。海軍大学校卒業後、駐米武官、海軍次官などを歴任。日独伊三国同盟に反対する。一九三九年、連合艦隊司令長官兼第一艦隊司令長官に就任。早くから航空兵力整備を唱え、真珠湾攻撃作戦を立案。四二年、ミッドウェー海戦に敗れる。ソロモン諸島上空で戦死。写真協力/国立国会図書館「近代日本人の肖像」