ブックタイトル僕たちは戦後史を知らない――日本の「敗戦」は4回繰り返された

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概要

僕たちは戦後史を知らない――日本の「敗戦」は4回繰り返された

23   第1章 終戦を疑え(1941年~ 1947年)「人間相互の関係を支配する崇高な理想」とは具体的に何なのか、国際社会が「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている」と見なすのは正しいか、といった具合に、この文章にはツッコミどころも多々存在する。だが重要なのは、「平和を愛する諸国民の公正と信義」を信頼することによって、「安全と生存」、つまり国の存立を保持すると宣言していることにほかならない。これは裏を返せば、自分からは「安全と生存」を確保するための行動を起、こ、さ、な、い、ということではないか。しかもそうすれば、国際社会における「名誉ある地位」まで、あわせて手に入るらしい。憲法前文は、「日本は生き残りをかけて、独自の国家戦略の追求を放棄する」と謳っているのだ。はたせるかな、戦後日本では長らく、国の防衛、あるいは安全保障が「キナくさく危険なもの」と見なされ、自衛隊もしばしば日陰者扱いされてきた。それどころか「戦略」はむろんのこと、「国家」という言葉まで、「国民を抑圧する悪いもの」のニュアンスで使われることが多かったのである。■価値観の逆転はなぜ起きた戦後をどう評価するかも、つまるところ、「国家戦略の追求放棄」という発想をどう評価す