- ──
- 映画化のきっかけは何だったのですか。
- 横山秀夫
(以下、横山)
- 篠原哲雄監督とは、群馬県の中之条町で毎年開かれている「伊参(いさま)スタジオ映画祭」のシナリオ選考を一緒にやっていた時期があって、山崎さんとも映画祭で出会って意気投合しました。で、篠原監督から「山崎さん主演で映画化できる作品、何かありませんか?」と聞かれたんです。恐る恐るですが、『影踏み』を提案しました。というのも、主人公の真壁が泥棒なので、あの山崎さんを犯罪者にしてしまっていいのかと(笑)。
- 山崎まさよし
(以下、山崎)
- 僕は横山さんの小説の大ファンで、全作品読んでいます。監督の篠原さんとも『月とキャベツ』でご一緒させていただいておりますし、お話をいただいて、断る理由がありません(笑)。
- 横山
- それでも私は心配で、「本当に泥棒でいいんですか?」と、何度もお尋ねしたんですよ。
- 山崎
- 真壁はアウトロー、反社会的な存在ですが、『影踏み』を読み直してみて、いやなイメージは全然感じませんでした。横山さんの作品の魅力のひとつに「ニヒリズム」があると思っているのですが、『影踏み』にも、男性が憧れるニヒリズムがあふれています。映画ではセリフを少し変えていますが、小説の中は結構、ニヒルな言い回しが多いですよね。男臭い世界って、僕は嫌いじゃないんです。
- 横山
- ははは、ありがとうございます。
- 山崎
- 他にも横山さんの作品の魅力はあります。警察小説でもそうですが、「官」と「民」という二つの立場がわかりやすく描き分けられていて、それぞれの立場の人間の心の機微が胸に響いてくる。「官」とは縁のない僕にも、登場人物がすっと入ってきます。読んでいて気持ちがいいんですよ。
- ──
- 横山さんと言えば「警察小説」をイメージする方が多いと思いますが、『影踏み』は異色作ですね。
- 横山
- 私はずっと組織の中を生きる個人の相克を描いてきましたからね。『影踏み』では、外からの視点というか、いま山崎さんが言われた「官」とか「世間」「社会」というものが地べたすれすれからだとどう見えるのかという試みを持ち込みました。これまでと逆の視座で書くことで、自分の作品世界が総合的に完成するのかなと考えたんですね。
- 山崎
- 主人公の真壁は「ノビ師」という泥棒、いわば「民」の底辺の代表と言ってもよい存在です。いつも一人で行動しています。僕はソロシンガーとして、一人で活動してきたので、共鳴するものもあったのかもしれません。
- 横山
- なるほど。言われてみると、映画化の初めの段階から、「民」というものは「一人」という感覚を、山崎さんと監督、そして横山の三人が共通認識として持っていましたね。
- 山崎
- 真壁が一人で行動するその背後には、贖罪があるのでしょう。大切な人との決別を心に張り付かせて生きている。人は誰しも、ある程度の歳になれば、自分の中で解決されていない闇のようなものを持っていると思うんです。だから人間は面白いともいえるわけですが。そんなことを考えながら、真壁という人物に寄り添って芝居に向き合いました。
- 横山
- 泥棒という反社会的な存在を主人公として描くときは、徹底したノワールで通すか、おしゃれな雰囲気をまとわせてコミカルに書くかの二通りしか、世の中に受け入れられない空気があります。だから、『影踏み』では、ノワールでもなくコミカルでもない、カタルシスを度外視した切ない犯罪小説を書きたかった。
- 山崎
- 真壁の行動には動機もあるし、自分なりのルールというものがきちんと設定されていますよね。
- 横山
- ええ、真壁という男については考え抜きました。もう一つ、この兄弟の特殊な設定にも以前から興味があったんですよ。この物語では弟が真壁から離れられないのではなくて、真壁のほうが弟と離れられない。弟のことが好きで仕方ないから、泥棒という今の立場に降りているんです。
- 山崎
- ある出来事により誰もが抱える闇のようなものを持つに至った。弟のことが好きで離れられないからこそ、弟の居場所を提供しているんですね。
- 横山
- この弟の存在をどう映像化するのか。最初にアイデアを聞いたときは驚きました(笑)。でも、山崎さんがアーティストであるということが他の役者さんにも影響したのでしょうか、映画全体に詩的なものを感じました。
- ──
- 音楽とお芝居、そして小説という創作に共通点はあるのでしょうか。
- 山崎
- 芝居は自分の中にある技術で体現する。音楽は何もないところから構築するもの。芝居は体の中にある感性を出す、強いていえば、ライブでの演奏と似ているかな。バスが出てくる歌を書くときは実際にバスに乗ってみたりします。いわば、空っぽの引き出しの中にものを詰め込んでいく作業から始まります。その空の引き出しと、今まで培ったものを仕舞ってある引き出しとから出し入れして歌を作っていきます。
- 横山
- わかります。方法論は異なるでしょうが、山崎さんも私も同じような感覚を持って作品を生み出しているということは、かなりの確信を持って想像できますね。創作とは、そういう仕事なんじゃないですかね。ただ厄介なのは、ある気持ちを文字にしようとすると、手と脳って直結しているようで、していないことです。今この瞬間、頭にあるものを忠実に文章に落とし込むというのは、実はかなり難しい作業なんです。手から文字が出るまでに「雑念」が混じるからでしょうか。
- 山崎
- そうですね、脳と手の間の隔たりは感じます。その間に、社会性とかが入ってくるのかな。ただ、読まれる方にとっては、どうあってもわかりやすくあったほうがいいと思っています。もちろん、意図してあいまいにするときもありますが。
- 横山
- それもよくわかります。無意識ではなく意識した表現としてのあいまいさ。そういう選択肢があると作品がより豊かになりますよね。
- 山崎
- 日本語はいろいろな表現があるから、言葉のチョイスをする。わかりやすい表現を選ぶことも、わざとややこしくすることも。何が言いたいかわからなくても、思った通りの表現ができたら満足ということもある。
- 横山
- そうしたあれこれを、自分の全責任においてやる、ということですね。私ね、最初に映画祭でお会いしたときから、山崎さんはほかの人と違うなあと感じていたんですよ。今どきはSNSではないけれど、何かに対して反射的に対応をしなければならない、そんな脅迫観念がはびこっているけれど、山崎さんは反応が遅い。呑み込むまでにワンテンポあるというか。
- 山崎
- 食べるのは結構、早いんですが(笑)。
- 横山
- 相手の伝え方というのもあるのでしょうが、山崎さんは納得しきれていないときは納得したような表情は見せない。生意気な言い方をさせてもらえば、そこがいい。すこぶる信頼に足る方だなあと。
- 山崎
- 最初は、横山さんって怖い方なんじゃないかと思っていました。新聞記者の方って、取材のときに挑発してくる人がいるんです。本音を引き出すためのテクニックなのでしょうが、こちらを怒らせようとする。横山さんもブンヤ出身ですし、しかもサツ(警察)回りをしていたなんて聞くとこれはもう(笑)。ところが、お会いしてみたら、全然違っていてすごくチャーミングな方でした。
- ──
- 最後に映画の見所をお聞かせください。
- 横山
- 原作通りに映像化されることがないことは経験から知っています。小説と映画は文法が違うから、それはしょうがないんですよ。だから映像作品としてよいかどうかだと思っていますが、この映画『影踏み』は原作と異なるところを持ちながら、ちゃんと原作と地続き感がありました。真壁も山崎さんでなければならなかった。スクリーンの中の山崎さんを観て、泥棒にさせてしまった負い目が完全に払拭されました(笑)。
- 山崎
- 僕には、この兄弟の設定って天使のイメージがあったんです。それなら無垢なボーイソプラノを使ってみようと思いついて作ったのが、原作と同じタイトルの主題歌『影踏み』です。映画にぴったりの曲だと思いますので、音楽の方も楽しんでください。
- 横山
- 篠原監督に山崎さんという最高の布陣で、私の異色作を、素晴らしい映画にしてくれました。最後に流れる『影踏み』がラストシーンにしみ渡り、至福を感じました。
略歴
横山秀夫・作家。『64』などの警察小説で人気を博す。
山崎まさよし・シンガーソングライター、俳優。映画『月とキャベツ』で主演をつとめる。