空気が読めないのに表情や仕草から心を読む。そんな変人キャリア刑事が所轄の島流し部署のメンバーとともに事件を解決する『生活安全課0係 ファイヤーボール』。
本作のドラマ化を記念して原作者の富樫倫太郎さんと主演の小泉孝太郎さんに、主人公の個性や演じる面白さについて語っていただきました。
文=編集部 写真=近藤陽介
富樫倫太郎(以下富樫)今回『生活安全課0係 ファイヤーボール』の主人公を小泉さんが演じられると聞いて驚いたんですよ。
小泉孝太郎(以下小泉)そうですか?
富樫 だって、小泉さんといえば、さわやかなイメージがあるし、僕の周囲の人もみんな素敵だって言うんですよ。だけど、主人公の小早川冬彦はキャリア刑事のくせに、空気が読めなくてどこかずれているじゃないですか。役との間にギャップがあるんじゃないかなって。でも、最近出演されているドラマを見ると、僕が言うのもなんだけど、役の幅を広げられているんだなと。悪役の演技もすごいですよね。だから面白いなと思って。
小泉 ありがとうございます。でも僕自身は最初は結構、心配をしていたんです。
富樫 というと?
小泉 やはり原作のファンの方がいらして、その方々がイメージしている世界観ってあると思うんですよ。それを壊してしまう怖さがあって、原作があるドラマのオファーをいただくと、いつも最初は、僕なんかでいいのかなって思ってしまうんです(笑)。先生ご自身は、ドラマ化に抵抗はなかったんですか?
富樫 いろんな方がいらっしゃると思うけど、僕自身は、小説と映像は違うものだと思っていますし、基本的にはお任せするというスタンスです。
小泉 それを聞いて少し安心しました。そこがプレッシャーで(笑)。
富樫 小泉さんは冬彦をどんな人物だと思いました?
小泉 冬彦はキャリアという肩書きとそれにそぐわない人間性とのギャップが面白い人なんじゃないかなと感じました。刑事は捜査をする人間でしっかりしていそうなのに、彼自身は天然というか、人に対する気遣いがないですよね(笑)。
富樫 そうですね。彼は東大卒のキャリアで、出世街道を走ろうと思えばできる。だけどそんなことには興味がなくて、彼自身の正義を実現するために警察に入ったという人間なんです。組織の中にいると、時には意に沿わないことでも従わなければならないときもある。だけど、彼は自分の理想に正直だから平気で上司にも意見するんですよ。
小泉 実は彼の言っていることってまっとうですよね。だけど、組織の論理で考えると浮いてしまうこともある。ドラマが進んでいくと警察の上層部との対決もあるようなので、それも楽しみです。
富樫 警察を舞台にしたものって本でもドラマでもたくさんあるじゃないですか。だから、最初にこの小説を書くときに考えたのは、ステレオタイプの小説には絶対しないでおこうということでした。
小泉 僕も警察ドラマだと思って演じていない部分があります。そういう捉え方をして演じると失敗するんじゃないかな。
富樫 そうですね。ドラマの顔合わせのときにも言いましたけど、僕はこの小説を「変な男が変なやり方で変な仲間と事件を解決する」という話にしたかった。だから冬彦は今までにない刑事なんです。
小泉 たしかに冬彦は捜査現場が好きなんだけれど、刑事だからというよりは純粋な好奇心ですよね。もちろん、事件を解決する面白さはあるんだけど、結果として警察ドラマになっていればいいんじゃないかなと思っています。
富樫 そうですね。冬彦は相手の表情や仕草を見て気持ちを読むことを得意としていて、勉強もしています。「メンタリズム」と呼ばれる手法の一部なんですけど。だから刑事というよりは学者に近くて、現場でも勉強しているのかもしれないですね。
小泉 なるほど。僕は冬彦を演じる上では、あえて「周りに合わせない」というのを意識しています。
富樫 おっしゃるとおりで、彼は協調性がないので(笑)。表情から気持ちが分かるんだから、場の空気も読んだり、周囲に合わせることができてもよさそうなもの。でも、知識として知っているだけで、本質的に理解しているわけではないんです。僕としてはプロファイリングを用いた警察小説というのはよくあるけれど、それに加えて「メンタリズム」も捜査に用いれば面白いんじゃないかなというのもありました。
富樫 役作りで苦労された部分は何かありますか?
小泉 先ほども少し言いましたけど、普通の撮影現場だったら、現場の空気に合わせるということが重要なんです。だけど、そこをあえて気にしない。そのことでズレの面白さが出てくると思うんです。それからセリフの前後が重要だと思っています。たとえば、署内で松下由樹さん演じる相棒の寅三(とらみ)(原作では高虎という名前の男性)に、「赤龍会って?」と尋ねる場面があるんですけど。
富樫 違法カジノを開いていると疑われている中曽根達郎と出会う場面ですね。
小泉 寅三が「ヤクザです。赤龍会の幹部で……」と説明しますよね。普通だったら神妙な顔で聞くところを、冬彦はわくわくしている。ときめいてしまっている(笑)。あの人ヤクザなんだ!って(笑)。
富樫 原作でも、「やっぱり、ヤクザって怖いなあ」と素直に感心する場面があります(笑)
小泉 ネタバレになるので詳しくは言えないんですが、とある人物が実は冬彦たちが思っていたのと違った状況だと分かるという場面がありますよね。そこに「○○は、××じゃありません」というセリフがあって、これも本来なら深刻な場面です。なのに冬彦はにこにこしている。視聴者はなんでここで笑うんだ?って思うでしょうね。そういったセリフの前後の表情などで面白さが伝わるように演じていきたいと思っています。
富樫 演じる上で、誰かを参考にすることはあるんですか?
小泉 僕は役作りをするときに、これまでの人生の中で、その人物に似た人がいたかなと考えることがあります。今回で言うと、冬彦はお医者さんの中に近い人がいるように感じました。お医者さんも優秀な方がたくさんいらして、仕事のときは手術の技術が凄かったり、人の命を救ったりしているんだけど、プライベートでは時々、変わった方がいませんか?(笑)そういうところが冬彦に通じるかなと思って参考にしましたね。
富樫 へえ~すごい。役者さんってそうやって役に肉付けしていくんですね。
富樫 先日、顔合わせで本読み(キャストが台本を読んでいくこと)を見せてもらいましたけど、ラジオドラマを聞いているみたいで面白かったです。冬彦の相棒・寅三を演じる松下さんのテンションの高さとそれをひょうひょうとかわす小泉さん演じる冬彦の掛け合いが絶妙で。
小泉 松下さんはベテランなので、すごく助けられていますね。だけど冬彦と寅三も、あうんの呼吸のコンビというわけではない。まったく違う役柄の二人だから出てくる良さがあると思っています。
富樫 他の0係のメンバーのみなさんとはどうですか?
小泉 先日、0係のみんなで捜査するという場面を撮影したんです。道ばたで全員集まったんですけど、そのときの状態になんだかエネルギーを感じたんです。これは面白くなるぞ、って。
富樫 0係のメンバーひとりひとりは、平均点が低いけれど、集まればチームとしての強さがあったのかな。
小泉 そうですね。音楽で言うと、バンドにたとえられると思うんです。ボーカルがいてギターがいて、ドラムがいて……。ひとりひとりの力はそこまでではなくても、バンドとしてひとつの音楽をつくったときに、すごくいいものができるということはあると思うんですよ。
富樫 先ほど、ドラマについては口出しをしないと言いましたけど、ひとつだけお願いしたことがあるんです。それは、冬彦をスーパーマンにしないで欲しいということ。彼はたしかに推理力も観察眼もあるんだけれども、失敗もするんですよね。
小泉 はい。
富樫 原作の中に公園で爆発物らしきものを発見して大騒ぎするという場面があるんですよ。だけど、結果としてそれは子どものおもちゃだった。上司にもすごく怒られるんだけど、冬彦は平然として「本物じゃなくてよかったじゃないですか」って言う。0係は警察の中ではみだしてしまった人間たちが集まってきた部署。そんな彼らから見ても冬彦は変人なわけです。だけど、ある意味正しいことを言っている。
小泉 ちぐはぐな0係だけど、冬彦のある意味、空気を読まない、だけど何が本当は正しいのか、という一点でまとまっていくのかもしれないですね。思いもよらない化学反応が起こりそうで楽しみです。冬彦をうまく演じるのは僕の使命だと思っていますので、がんばります。
富樫 今日お話を伺って、冬彦の人間性をよく考えて役作りを深めてくださっているのが分かりました。放送を楽しみにしています。
(2015年12月24日 テレビ東京にて)