「真・善・美」三部作完結記念
小杉健治先生 特別インタビュー

小杉健治先生は1983年、「原島弁護士の処置」で第22回オール讀物推理小説新人賞を受賞し、小説家デビュー。
以降、87年に『絆』で第41回日本推理作家協会賞長篇部門を、90年には『土俵を走る殺意』で第11回吉川英治文学新人賞を受賞するなど、社会派推理を中心に執筆してこられました。
そして、2000年ごろからは時代小説に注力なさっています。そのきっかけとは、なんだったのでしょうか。

私の書き手としてのベースは、現代ものにあります。だから、ずっと現代ものの小説を書いていました。
ただ、いつかは時代小説を書いてみたいという気持ちがありました。その想いが叶うことになるのが、2000年前後。時代小説執筆のオファーがきたのです。そして、いくつか短編を書いたのち、本格的に長編を書くことになりました。

当時は、時代小説を書きたいのとは別に、家族の物語を書いてみたいという気持ちもありました。それだったら、いっそのこと"与力の家族物語"を書いてみようと思ったのです。
そして生まれたのが、この「風烈廻り与力・青柳剣一郎」シリーズです。奉行所の人間にも、当然ですが、それぞれ家族がいます。私にも家族がいますが、それがモデルというよりは、そこに自分の理想を加えていったような形でしょうか。
奉行所の人間とその家族の "心の動き"を描きたかったのです。


「江戸の奉行所」と「家族の物語」。ふたつの描きたかった世界がつめこまれた「風烈廻り与力」シリーズは、2004年の刊行開始から愛され続け、今年でなんと11年目。
30冊目の『真の雨』は、祥伝社文庫30周年イヤーとのコラボレーションで、久しぶりの上下巻となりましたが、改めて本シリーズへの想いをお聞かせください。

シリーズが始まった当初は、剣一郎はどちらかというと頼りなく、聡明な妻・多恵に助けてもらいながら、事件を解決していくというスタイルでした。
しかし、巻を重ねるごとに剣一郎は成長していき、風格が出てきました。それは、始めは迷いながら書いていたところがあったけれど、徐々に時代小説というものに慣れてきた私自身も一部で投影されているのでしょう。
今の剣一郎の存在感は、私の想像を超え、はるかに大きなものになっています。「家族の中の剣一郎」ではなく、「江戸の庶民のための剣一郎」のようになりました。


本シリーズは、各巻ごとに事件にかかわるサブ主人公が登場します。
剣一郎とは別に、彼らの視点でも物語が展開されていくのも魅力のひとつですね。

剣一郎が"大きな存在"になってしまったので、今となっては、同じ目線で共感できるのは、サブ主人公の方かもしれませんね。最新巻の『美の翳』でいうところの、太物店の主人の善次郎です。
剣一郎は武士なわけで、書き手の自分は市井に生きる人間ですから、やっぱり彼らに共感できる。だから、彼らにも目を向けるためにも、必ず登場させています。
彼らは自分の弱い本性に葛藤しますが、それを救い出してくれるのが、剣一郎。私は、サブ主人公の視点から、剣一郎の成長を見届けているようなものです。とても頼もしい気分です。


『春嵐』以降、「春夏秋冬」「朱白黒青」「雪月花」と、シリーズの中でも括りを設けてらっしゃいますが、今年刊行された「真善美」三部作(『真の雨』『善の焔』『美の翳』)は、特別なものになったそうですね。

「真善美」三部作は、人間の気高さがテーマです。今まで以上に人の心の影を描いてみました。この三部作を書き終えたとき、"小説を書いた"という充足感がありました。それは、小説に立ち向かう基本の姿勢を思い出し、初心に返ったような瞬間でした。
剣一郎には、ずっと庶民の味方であってほしいと思っています。剣一郎は、言ってしまえば、権力側の人間なわけですから、上から目線であってほしくない。おさえつける剣一郎であってほしくない。
これから、剣一郎がどう成長していくのか、書き手としても楽しみにしています。

取材・文/編集部