風烈廻り与力・青柳剣一郎シリーズ
五十巻到達記念インタビュー

一冊、一冊。その積み重ねだった。

―「風烈廻り与力・青柳剣一郎」シリーズがついに五十巻となりました。まずは、率直なお気持ちを聞かせてください。

 不思議なことに、感慨深くはあるんだけれど、五十巻、そこまでやってきた実感がない。もうそんなにたくさんやってきたのか、と驚いています。それは、その都度新鮮な気持ちで向き合えたから。一冊、一冊。その積み重ねが五十巻。そして、現在の剣一郎なんだと思います。それまでにも、時代物の短編をやっていて、二つぐらいは長編があったかもしれない。でも、やはり、一冊目の『札差殺し』が私の時代小説の本格的なスタートだなという意識が、シリーズを始めた当時からあった。最初はよちよち歩きだったのが、書きながら、自分も剣一郎もお互いに成長していったな、と。それもあって、常に新鮮な気持ちで向き合えたのだと思います。

―数ある時代小説シリーズの中でも屈指の巻数となりました。本当にありがとうございます。元々は現代小説でデビューされた。時代小説を書き始めたきっかけはあるのでしょうか?

 新人賞をとったときから現代物だったんだけど、将来は時代小説をやりたいと思っていたんですね。よく時代劇の役者の方は、殺陣をやる前に日本舞踊をやらなくちゃならないと言うんです。日本舞踊が基本だ、と。同じように、時代小説を書くなら、やはりその時代の雰囲気を身に付けなければならないと考えて。で、何をやったかというと、小唄を習った。小唄の粋な世界観、江戸情緒を学んだ。小唄の言葉の中には、小説の中でも使いたい、美しくて良い言葉があるんですよ。


時代小説を書き続ける喜び。

―最初はご苦労もあったのではないでしょうか?

 そうですねえ。でも、苦労したというよりは、時代小説を書きたいという思いがあったので、そういう意味では嬉しくなって一生懸命に書いていた、という感じでしょうか。最初は、他の方に読んでもらったりしたこともあります。今はそんなことはないので、剣一郎も自分自身も自立してきたのかもしれませんね(笑)。
 だから、今の剣一郎の方が書きやすいんです。書きやすいというのは、自分が多少成長したこともあるだろうし、剣一郎という人物像、人格が出来上がってきて、自然と動くようになったんだな、という感じですね。

―剣一郎、大変魅力的なキャラクターですが、モデルとなる人物はいたのでしょうか?

 特定の人物がモデルというわけではなく、本当に一から作り上げたという感じです。実は、?の青痣というのは担当の編集者さんの提案でした。なぜ青痣ができたのか、その傷によってどのような性格なのか、というように人物をだんだんと作っていきました。

―兄の死、自らの行動への悔い、そのような過去があるからこそ、剣一郎は人に優しくできるのだと感じます。

 あとは、剣一郎を取り巻く人々、多恵や剣之助など剣一郎の家族、それから奉行所内の人物たちひとりひとりにも思い入れがあります。ある種の群像劇のようなシリーズにしたかったというか。


下町に育まれ、時代小説の王道を行く。

―それでは、シリーズ五十作品の中で、思い出深いものがあれば教えてください。

 いくつもあって難しいのですが……出来不出来ということではなく、ぱっと思い出したのは『詫び状』と『向島心中』でしょうか。剣一郎の息子の剣之助が、駆け落ちして山形の酒田に行く話なんですが、執筆のために酒田と鶴岡に取材に足を運んで。その経験を生かして、剣之助を動かすことができたと思っています。

―時代小説は、基本的に江戸を舞台にした作品が多いですから。先生のご出身も東京の東側で、江戸っ子です。ご執筆の役に立っているのでは?

 江戸時代当時の土地の名前は今でもたくさん残っていて、そういう意味では馴染みがありますね。南に行けば、本所や深川、隅田川を渡れば浅草。少し西に行けば、神田や日本橋も近い。家の近くには、提灯を作っている職人さんの家があったりして、良い影響はあるかもしれません。

―お祭りや季節の事柄も残っていますよね。神田明神のお祭りや三社祭もあります。

 子供の頃、十一月になって寒くなったら、お袋なんかが「そうよね、もう来週はお酉様よね」とかそういう言葉が自然と出てくる。それから、正月近くになれば穴八幡で一陽来復の御札を毎年もらいに行くとか。そういうこともありましたね。


休まない。でも、徹夜はしない。

―次はプライベートな質問を。普段の一日、どのように過ごされているのか、具体的なスケジュールを教えていただきたいです。

 毎朝七時に起きて、まず犬に餌をあげます。自分もご飯を食べて、そのあと犬と散歩をして、帰ってきてゆっくり羽鳥さんのモーニングショーを観る。九時頃からお昼まで執筆。お昼を食べながら午後一時まで休憩してから、また午後四時少し前まで、また執筆です。それから、犬に餌をあげて、散歩して帰ってきて、夕方の五時過ぎには夕飯を。

―午後五時の夕飯は、早いですね!

 そうなんですよ。それで寝るまでは何も飲んだり食べたりしない。夏場はさすがに水分はとりますが。

―すみません、話の腰を折ってしまいました!

 それで、夕飯を食べながら、テレビ東京でやっている午後のロードショーを観る。もうこれは、無条件に観る。必ず録画してあるので、内容がわからないまま観ます。これが面白くて。意外と内容が良かったり、あとは最後の方で「あ、これ観たことあったな」というのがある(笑)。でも、それでいいんです。夜の七時少し前からまた執筆を初めて、十一時半から十二時頃までやって寝る。だいたい規則正しく、睡眠時間はちゃんととる。

―そして、お休みの日はあまり作られない印象ですが……

 そうですね、休みの日はありません。どこかに出かけるとか、何か用事がある日がお休み。逆に言うと、締め切りだからって、徹夜で書き上げるということはできない。夜に頑張ってやっても、翌朝その部分が気に入らなくなって、書き直してしまったり。不思議ですけど、夜になかなか進まなくても、朝起きればすーっと書けたりするんですよ。

―わんちゃんのお散歩がメリハリになっていると感じます。外に出て歩く機会にもなりますし。

 これからは梅雨時なので、なかなか大変なんですよ。天気が悪くて地面が濡れていると、犬が歩かなくなっちゃうので。今は二匹犬がいて、あとはうさぎも一羽います。

―うさぎと犬は一緒にいて大丈夫なんですか?

 今のところ大丈夫なんですね。時々犬が追っかけ回したりしてますけど。よーく観察してると、どうも、うさぎの方が最初にちょっかいを出しているみたいで。うさぎは逃げ足が早いんですね、隙間にぱーっと入って行って、犬も諦(あきら)めると。
 冬は、二匹の犬が布団の両脇に入ってくる、そうすると温かい。もう、それが一番、至福のときですね。


感謝の思い、そして次なる目標は……

―長い時間ありがとうございました! 最後に読者の方々へメッセージをいただけますでしょうか?

 いや、もう感謝の思いしかないですね。あと、自分の希望というか、望みなのですが、自分の年齢まで巻を重ねたいと思っています。今は七十三歳、あと七、八年ぐらいで追いつかれるという計算です。ぜひこれからも、応援してもらえるととても嬉しく思います。

取材・文/編集部