尾瀬
ヶ
原
が広がる群馬県
利根
郡
片
品
村で
歩荷
をしていた祖父に育てられた
江藤
瞬一
。
高校卒業とともに上京し、引越の日雇いバイトをしながら荒川沿いのアパートに住んで四年になる。
かつて故郷で宿屋を営んでいた両親は小学三年生のときに火事で亡くなった。
二人の死は、自分のせいではないかという思いがずっと消えずにいる。
近頃は仕事終わりにバイト仲間と他愛のない話をしたり、お隣の母子に頼まれて虫退治をしたり、町の人々に馴染みつつあった。そんなある日、突然祖父が東京にやって来ると言い……。
ひとがつながり
まちができる。
僕にもうひとつ、
帰る場所ができた。
人と交わり、
強く優しく成長していく若者の物語。
画/田中海帆
こんな時代に必要な、そっと野に咲く花のような、素朴で美しい物語。
じいちゃんの真っすぐな想いは、瞬一に受け継がれて、その温かさが周りの人達に伝わり、『ひと』と『まち』に血が通いだす。
私のなかでは、『ひと』のさらに上を行く傑作だ。
100キロもの荷物を山小屋へ運ぶ、歩荷で生計を立ててきた紀介じいちゃんが、魅力的過ぎて目が離せない。心に温かな灯がともる作品です
淡々と日々の生活を書いているだけなのに、どうしてこんなに心を動かされるのか。驚かされます!!
今の世の中、とても難しい。けれど、この小説の言葉たちが、ポンと優しく背を押してくれる気がしました。
朴訥な祖父の優しさや力強さ、たまに発する言葉の深さに何度も涙が滲んできました。生きることに慣れない人間に、大切なことを教わったような気がします。
ひたむきに、そして強く生きる青年に「がんばれ!」とつい叫びたくなります。
染み入るような、いい小説を読んだなと心から思える作品でした。
瞬一の実直さが、ひととしてごく当たり前の、あるべき道へ導いてくれるようなニュートラルな視点を取り戻す作用のある本だと思いました。
大きな出来事がなくてもひとは成長できる、無理しなくても自然体で生きていてもいいんだよと言ってもらえているようで心があたたかくなりました。
また『ひと』とのリンクがまるで古い知人に会えたような気がして嬉しかったです。
何より、『まち』を読むだけで、とても心が温かくなりました。こんなに温かくなるなら、この冬にぴったり。
それから、砂町銀座が出てきて、ニヤリ。そして惣菜の田野倉が出てきてニヤリ。
千葉県生まれ。2006年「裏へ走り蹴り込め」でオール讀物新人賞、08年「ROCKER」でポプラ社小説大賞優秀賞を、そして2019年に『ひと』で本屋大賞第2位を受賞。著書に『ホケツ!』『家族のシナリオ』(小社刊)『みつばの郵便屋さん』『ひりつく夜の音』『近いはずの人』『リカバリー』『本日も教官なり』『それ自体が奇跡』『夜の側に立つ』『ライフ』『縁』などがある。
「うまいよ。じいちゃんが焼いてくれた餅を食べると、正月だなって感じがする。今年も、これを楽しみに帰ってきたよ」
「餅ぐらい、いくらでも焼いてやる。瞬一は、休め」
「うん。一年分休むよ」
「引越の仕事は、どうだ?」
「コンビニよりは、僕に合ってるかな。歩荷に近い感じがするよ」
「そうか。東京でも、荷運びはできるか」
「荷物はどこにでもあるからね。じいちゃん、昔言ったじゃない。重い物を持つことには慣れないって。あれ、少しわかったような気がするよ」
「じいちゃんが、そんなこと言ったか」
「ほら、僕がまだ中学生で、初めて歩荷の手伝いをさせてもらったとき」
「あぁ。言ったかもな」
「あのときはほんとに重かった。やってみたいなんて言うんじゃなかったと思ったよ」
「瞬一」
「ん?」
「尾瀬はお前を好いてくれてた。東京も、たぶん、好いてくれる」
「そうなれば、いいけどね」
「そうなるよ。じいちゃんにはわかる。村も町も、瞬一のことは好きだ。東京に戻っても、こっちに帰ってきたときみたいに、ただいまを言え」
「そうするよ」
「餅、もう一個食え」
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