ぎょっとして伍長は立ちすくむ。後続の数人も息をのんで足をとめた。全裸の中年男がぬっと闇のなかからあらわれたのだ。……
「せ、先任参謀、ご苦労さまであります」
ようやく気づいて伍長が敬礼し、一同もならった。
はじめて黒島(くろしま)は現実に立ち返った。状況に気づき、いそいで右手で胯間(こかん)を握った。……
「先任参謀はすごい人だぜ。作戦立案に熱中して、ブラ金(きん)で艦内を歩いちまうんだからな。艦隊の命運をあずかる人は、あれだけ職務に集中するものなんだ」
……作戦が実施される以前に、黒島亀人(かめと)は連合艦隊の一種の英雄であった。(本文より)
<山本五十六(やまもといそろく) 海軍大将(1884〜1943)>
新潟県生。海兵32期。海大卒。米国駐在をへて航空本部長などを歴任中、飛行機の将来性にいち早く着目。'39年連合艦隊司令長官となり旧来の海軍戦略を覆(くつがえ)す数々の名作戦を敢行。'43年南方基地を視察中、ソロモン諸島上空で戦死。死後、元帥(げんすい)。
<黒島亀人(くろしまかめと) 海軍少将(1893〜1965)>
広島県生。まずしい家庭に育ち独学で海兵(44期)を卒業。海大卒。有数の砲術家として知られるが地味なポストが続く。海大教官等をへて独創的な戦略家に成長。'39年連合艦隊首席参謀に抜擢され、山本の下(もと)、作戦立案を担当する。長官の死後、軍令部第二部長として特攻兵器の開発に関与。戦後、宗教研究などで暮らした。
〈飛行機でハワイをやろうと思う――〉昭和16年春、米国との開戦迫るなか、連合艦隊司令長官・山本五十六(やまもといそろく)は先任参謀・黒島亀人(くろしまかめと)に航空機による前代未聞の空襲作戦の立案を命じた。日米衝突回避のため最後まで尽力した山本の苦渋の決断だった。米国に勝利する唯一の策を構想できるのは黒島以外にいない。中央の選良(エリート)にはできない奇抜で独自の発想力に期待する大抜擢である。他人に心を開かず孤高に生きてきた黒島は、初めて敬愛した上司・山本のため全身全霊をかけ革新的な作戦を練り上げていく。しかし従来の大艦巨砲主義を貫く海軍主流派は、連合艦隊の大航空作戦に真っ向から対立した……。抗(あらが)いがたい歴史のうねりのなかで国家の栄光と奈落を背負い、艦(ふね)に生き、海に生きた二人の軍人の絶対の絆を描く歴史巨編!
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